「10億宣言」から考える、社長一人で経営できる会社の限界
―会社が成長するとき、社長の仕事も変わっていく―

「10億宣言」という新しい動き
現在、国では売上高10億円規模を目指す中小企業や、高収益型を目指す中小企業に対して、経営改革や成長投資を集中的に支援する新たな仕組みが検討されています。
すでに始まっている「100億宣言」に続き、「10億宣言」と呼ばれている構想です。
現時点では「10億宣言」という名称で正式な申請受付が始まっている制度ではなく、今後、具体的な制度設計が進められていく段階です。
ただ、この「10億円」という数字を見ていると、経営について考えさせられることがあります。
売上1億円の会社と、売上10億円の会社。
単純に売上が10倍になっただけなのでしょうか。
お客様の数も増えます。社員も増えます。取引先も増え、社内で起きる問題も増えていきます。
では、会社が10倍になったとき、社長自身はどうでしょう。
社長の一日は、会社が成長しても24時間のままです。
ここに、会社が成長していくうえで一つの大きな壁があるのではないでしょうか。
売上が増えても、社長の時間は増えない

会社を創業したばかりの頃は、社長が何でもやっていることも珍しくありません。
自分で営業に行き、お客様からの問い合わせに答え、見積書を作る。
採用の面接もする。社員から相談されれば話を聞く。大きなクレームがあれば自分でお客様のところへ出向く。
会社のお金のことも、商品やサービスのことも、社員一人ひとりのことも、社長自身がよく分かっている。
会社がまだ小さいうちは、このやり方が強みになることもあります。
社長がすぐに判断できるため、意思決定も速い。お客様の声も直接聞くことができます。
ところが、会社が成長すると状況が変わってきます。
社員が5人から10人、20人、50人と増えていく。
お客様も増え、扱う商品も増え、場合によっては拠点も増えていきます。
それでも、
「最後は社長に聞こう」
という経営を続けていたらどうなるでしょうか。
仕事が増えるたびに、社長のところへ判断が集まってきます。
会社は成長しているのに、社長だけがどんどん忙しくなっていく。
どこかで限界が来ます。
「何でも社長に聞く会社」になっていないか

2025年版の中小企業白書では、売上高10億円未満の企業がスケールアップしていく際の「成長の壁」の一つとして、「経営者一人で経営することの限界」が示されています。
特に売上高10億円未満の企業では、組織・人材面の課題として「経営者の兼務解消・権限委譲」が重視されていることが紹介されています。
これは実際の中小企業を考えてみても、よく分かる話です。
「この見積金額で出していいですか」
「このお客様には値引きしていいですか」
「この人を採用していいですか」
「この設備を買っていいですか」
「社員からこんな相談が来ています」
すべて社長のところに集まってくる。
社長からすると、「自分が判断した方が早い」と感じるかもしれません。
実際、その通りの場合も多いでしょう。
長年経営してきた社長には経験があります。会社のことも、お客様のこともよく分かっています。
だから、自分で判断した方が早い。
しかし、それを続けていると社員は、
「迷ったら社長に聞けばいい」
となっていきます。
そして社長はますます忙しくなる。
もしかすると、会社の成長を止めているのは市場でも人手不足でもなく、社長に意思決定が集中していることかもしれません。
社長が仕事を手放すには「任せられる人」が必要になる

では、社長が仕事を社員に渡せばいいのでしょうか。
それほど簡単な話でもありません。
「今日からこの仕事は任せるから、好きに判断していいよ」
では、任された社員も困ってしまいます。
社長が仕事を手放すためには、その仕事を任せられる人を育てなければなりません。
そして、人に任せるためには、
「どこまで自分で判断していいのか」
「何を大切にして判断するのか」
という基準を共有していく必要があります。
例えば、お客様から値引きを求められたとします。
- 金額だけを基準にするのか
- 今後の取引まで考えるのか
- 会社として守るべき利益率があるのか
- どんなお客様と長く付き合っていきたいのか
こうした判断の背景には、その会社の考え方があります。
だから、権限を渡すということは、単に仕事を渡すことではありません。
社長がこれまで頭の中で行ってきた判断を、少しずつ社員や幹部と共有していくことでもあります。
そう考えると、幹部を育てるという意味も変わってきます。
社長から言われたことを正確に実行する人だけでは、社長の仕事はなかなか減りません。
自分が任された領域について考え、判断し、結果について責任を持つ人が増えていく。
そんな組織になって初めて、社長一人で経営する会社から次の段階へ進んでいけるのではないでしょうか。
会社の成長とともに、社長の仕事も変えていく
会社を成長させようとすると、どうしても売上や商品、設備投資などに目が向きます。
もちろん、それらも必要です。
しかし、会社の規模が変わるのであれば、社長自身の仕事も変えていかなければなりません。
創業した頃には社長自身がやるべきだった仕事も、会社が成長した後まで社長がやり続ける必要があるとは限りません。
むしろ、それまで自分がやっていた仕事を人に任せ、その人が判断できるように育てる。
そして社長は、会社全体の方向を考えることや、これからの商品・市場・組織を考えることに、より多くの時間を使っていく。
会社が成長するということは、社長がさらに多くの仕事を抱えることではなく、
社長にしかできない仕事に集中できる会社になっていくこと
でもあるのだと思います。
「10億宣言」という言葉を見たとき、売上10億円を目指している会社だけの話だと考える必要はありません。
売上1億円から2億円を目指す会社でも、3億円から5億円を目指す会社でも、同じ問題は起こります。
会社が次の規模へ進もうとするとき、社長の仕事も次の段階へ進める必要があります。
そこで一度、自社について考えてみてはいかがでしょうか。
今、自分がやっている仕事のうち、3年後も社長自身がやっているべき仕事は何でしょうか。
反対に、3年後には社員や幹部が判断できるようになっていてほしい仕事は何でしょうか。
会社の成長を考えることと、社長自身の仕事を考えること。
この二つは、別々の話ではないのかもしれません。

